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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)2952号 判決 1980年1月21日

原告 右本アヤ子

原告補助参加人兼原告訴訟代理人弁護士 右本益一

原告及び補助参加人両名訴訟代理人弁護士 竹沢喜代治

被告 阪ノ下英夫

右訴訟代理人弁護士 小長谷国男

同 今井徹

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  参加によって生じた費用は補助参加人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し別紙物件目録記載の建物のうち別紙図面(イ)(ロ)(ハ)で示される赤斜線で表示された建物部分(以下「本件建物部分」という。)(物干台を含む)を除却し、昭和五〇年八月一一日以降右除却まで、一か月金五万円の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和四六年四月一日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、大阪市東淀川区小松南通二丁目二〇番地の土地(以下「二〇番地の土地」という。)を賃借して同土地上、別紙図面①②③⑥①を順次結んだ直線で囲まれた(二)と表示された部分に平家建の建物を所有し、原告は右土地の西隣の同所二一番地の八の土地(以下「二一番地の八の土地」という。)を所有し、同土地上に二階建の建物を所有して、夫及び娘らと共に居住し、平穏な生活をおくっていたものである。そして原告方と被告方の位置関係は別紙図面のとおりである。

2  ところで前記被告方の建物はもともと平家であったが、平家当時から、民法二三四条の境界付近での距離保持義務に違反し、建築基準法による建ぺい率に違反していたものであるが、昭和三六・七年ころ、被告は更に原告方に面する部分の外側に基礎を作り、これに四寸角の通し柱を建てて二階建に増築しようとしたため、原告は原告方の特に二階の採光、日照、通風が妨げられるとして再三抗議したにも拘らず右増築を続行し、ために被告は大阪市から建築基準法による違反建築物是正勧告書の送達を受けた。しかるに被告は右勧告に従わず是正措置を講ぜず、昭和三七年一一月初旬ころ、右二階建増築を完工した。これによって原告方の日照、採光、通風眺望は全く閉ざされ、原告が表から裏に出る通路は極端に狭くなって、通行が甚だしく困難になってしまった。

3  更に被告は昭和四五年一月一八日から昭和四八年末までの間に更に二〇番地の土地の裏側(北側)の部分(別紙図面中(イ)(ロ)(ハ)で示される赤斜線部分)に平家建建物(本件建物部分)を築造し、その屋上に物干台を設置した。

4  しかしながら右物干台は原告建物の裏側(北側)の便所、風呂場及び前栽を眼下に観望できる位置にあるため、原告及びその家族は便所、前栽等に出入りするごとに著しい圧迫感と嫌悪感に悩まされ、精神的苦痛を受けるようになった。そしてこうしたことが原因となり、原告は偏頭痛、原告の娘は重症のノイローゼにそれぞれ罹患し、昭和五〇年八月一〇日、ともに原告の郷里である山口県防府市に転地療養を余儀なくされるに至り、以来原告の夫である補助参加人のみ原告の前記建物に残留して生活している状態にある。

5  以上の通り、被告の本件建物部分の築造及び前記物干の設置により原告及び原告家族の生活環境は著しく破壊され、原告は測り知れない精神的損害を蒙っており、最早や受忍すべき限度を超えるに至った。

6  よって原告は被告に対し、本件建物部分(物干台を含む)の除却を求めるとともに、被告の不法行為により原告の蒙った精神的損害に対する昭和五〇年八月一一日以降右除却までの慰藉料として一か月金五万円の割合による金員の支払並びに昭和三八年一月一日以降昭和五〇年八月一〇日までの慰藉料の一部として金五〇〇万円及びこれに対する昭和四六年四月一日以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち、被告が二〇番地の土地を賃借して、同土地上、別紙図面(二)の部分に平家建建物を所有し、原告がその西隣りの二一番地の八の土地を所有し、同土地上に二階建の建物を所有し、居住していたこと、原被告方の位置関係が別紙図面のとおりであることは認めるが、その余は不知。

2  同2のうち、被告方がもと平家建であったこと、被告が昭和三七年一一月初旬頃二階を増築したこと、右増築に当り大阪市から是正勧告を受けたこと、原告から採光、日照、通風が妨害されると抗議を受けたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3のうち、被告が本件建物部分及び同部分の屋上に物干を築造したことは認めるが、その時期は被告が二階を増築した昭和三七年一一月に同時になしたものであり、原告主張の頃築造したのではない。但しその後、昭和四六、七年ころ、物干台だけは朽廃により、現在のものに造りかえた。その余は認める。

4  同4の事実は否認する。

5  同5は否認する。

6  同6は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によると、原告の被告に対する本訴請求中、被告が昭和四七年一一月初旬頃平家であった被告方建物を、別紙図面(二)の部分(①②③⑥①を直線で順次結んだ線をもって囲まれた部分)において二階を増築したことによって原告方の二階の日照、採光、通風、眺望及び表と裏との通行が妨害されたとして、それによって原告の蒙った精神的損害に対する慰藉料の支払を求めている部分については、これと訴訟物を一にする(但し明示された数量的一部請求)原被告間の前訴(大阪簡易裁判所昭和四一年(ハ)第一三九号損害賠償請求事件、大阪地方裁判所昭和四七年(レ)第二七号損害賠償請求控訴事件、大阪高等裁判所昭和五〇年(ツ)第七四号事件)の確定した右控訴審判決(請求棄却)によって右控訴審の口頭弁論終結時を基準にして原告の慰藉料請求権自体の不存在が確定されていることが認められるので、同判決の既判力により、原告の右請求部分は理由がないとして棄却しなければならない。

二  そうであるところ、原告は、更に、被告は本件建物部分及びその屋上に原告方の浴室、便所及び前栽が眼下に観望される物干台を築造したため、原告方の安穏な私生活が侵害されそれが原因で原告は偏頭痛に、娘は重度のノイローゼに罹患し、転地せざるを得なくなったとして、被告に対し本件建物部分及び物干台の除却を求め、併せて慰藉料の請求をしている。そして被告が本件建物部分及びその屋上の物干台を築造したことは当事者間に争いがなく、同物干台が原告方の浴室、便所及び前栽を眼下に観望できる位置にあることは検証の結果から明認される。ところで他人から、日常裸でいることの多い浴室内など眺見されないということは私生活上の利益として法律上保護さるべきであると解されるから、右利益が通常受忍すべき限度を超えて侵害を受けたときは、法的救済が図られねばならない。証人右本益一の証言中には、原告の右主張に符合した部分があるけれども、《証拠省略》に照らしてみると、右証言をもって被告の本件建物及び物干台の築造と原告及び娘の疾病との間に因果関係があると直ちに認めるわけにはいかない。また検証の結果中には、原告方では被告方の物干台から浴室、便所などを観望されるのを防止するため、ビニールカーテンを吊り下げるなどしなければならない状態であることが窺われ、原告の安穏な私生活が或程度阻害されていることが認められるのであるが、《証拠省略》を総合して認められる附近の様子特に家屋密集地で、物干場所を設置するに適した場所がないことからすると、被告が本件建物部分及びその屋上に物干台を築造したこともやむを得ないことであって、《証拠省略》によって認められる被告の二階増築による原告方二階の日照、通風、採光、眺望及び表と裏の通行が或程度阻害されたことを併せ勘案しても、未だ原告の私生活上の利益が通常受忍すべき限度を超えて侵害されたと迄認めるわけにはいかない。他に被告の本件建物部分及び物干台の築造によって、原告の私生活上の利益が受忍すべき限度を超えて侵害されたと認めるに足る証拠はない。(ちなみに、そうではあっても、被告も隣人としての信義の上から、物干台の西側部分に、原告方浴室等が望見しにくいよう、できるだけ遮蔽の方途を講ずるよう工夫することが望ましいこと当然である。)

したがって原告の右請求もまた理由がないといわなければならない。

三  よって、原告の請求は、いずれも失当として棄却することとし、民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三井喜彦 裁判官 古川博 西謙二)

<以下省略>

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